何をおもったわけでもない。









なにか外に出たくなって、シンゲンはふらりと部屋からでた。
夜風に当たりたかったのかもしれない、何か考えたかったのかもしれない。
けれど一つの明かりが目に入って、興味は別に移ってしまった。
一つの部屋の明かりが部屋から零れ出ていたのだ。

(………ん?)

いけないと思う。
覗き見はいけない行為である。けれど、まあいけなくもないと勝手に思う。
だって観たいのだ。
言い訳すればいいだろうと考え、覗きこむとそこには面白い風景が飛び込んできた。



「…シンゲン?」
















貴方に酔う夜に

光りの下の風景。 その風景についぼんやりとしていて、気配を探られてしまったのだろう。部屋の主に気づかれて しまった。 といっても宿屋の店主から割り当てられているだけであるのでそう言って良いのか分からないが。 「バレちゃいましたか」 「それだけ堂々としておればな」 「さすがは龍人族の長殿」 気付かれては言い訳も何もない。 ここは素直に出て行ったほうが良いと考えて、シンゲンは軽口を叩きながら部屋に入りこんだ。 主…セイロンも部屋に入りこんでも咎める様子もなく、長ではないと一言呟いた後ただ笑うだけ だった。 「お主も夜更かしか」 「貴方こそ」 この歳になって、夜に起きていて悪いとしかられることでもない。怒られることでもまあないだ ろう。 その台詞はシンゲンではなく、別の人間に言うべき言葉であった。 「あーあー…酒まで」 そう…セイロンの傍には、月色の髪の少年が横たわっていた。 見遣るとそのソファの傍らの小さな机に、琥珀色の瓶がいくつか乗っている。 しかもその瓶はなんというか恐ろしいことに、殆どが空であった。 加えてグラスと瓶しかこの部屋にはない。ということは、何も薄めることはなく飲んだことにな る。 飲まれたであろう瓶の度数の高さを知っているだけに、呆れてしまう。 「貴方は強いでしょうが、この子はまだ子どもですよ?」 言ってみても、セイロンはまた笑うだけだった。 そうして、まだ足りないのか手に持ったグラスをちびちびと舐め始めた。 「…ったくもう」 すぐ傍まできてみると、ぷんと酒の匂いが鼻につく。 セイロンがずっと薄く笑ったままなのも頷けた。普段からくえない男ではあるが、酔うと陽気に なる。 酒にはひどく強いので理性は失わないのはありがたいのだが、それはそれで別の意味でシンゲン は困っていた。 「どれだけ飲んだんですか」 言いながら前にあった椅子に腰掛ける。 部屋に居座るという合図をしたのだが、セイロンはちらりと瞳を動かしただけで、すぐにグラス に唇を当てて何も言わなかった。いいということだろう。 (――― 本当に) だが。 居ることに許可を貰ったのは嬉しいことだが、酔うとセイロンは億劫になるらしく。余り身体や 顔全体ではなく、瞳だけで表情を出す。 それはひどく艶っぽかった。無自覚であっても危険だが、シンゲン相手ではきっと自覚してして いるだろうから、もっと厄介である。 これが非常に困る。 「どれだけ飲んだと思う?」 「質問で質問を返すのは感心しませんねえ。それ相当強いでしょう」 「ああ」 言っても笑うだけ。そうして瞳がちらりとひかる。 「試してみるか?」 もう今度はシンゲンも笑うしかない。 「じゃあ、ぜひ」 すると、すっと伸びた指が絡まるグラスを差出される。 が、シンゲンはそちらを全く見てはいなかった。ずっと彼の顔しか見ていない。 「…味見はこちらでいいですよ」 酒に塗れた瞳が、此方まで熱くする。 腕をそっと下ろさせて、ぐっと身体を前に出した。それは顔が触れるぐらい近く。 そのぎりぎりで少しだけ待ってみるも、セイロンは抵抗も何もない。しかも瞳は、すっと閉じら れた。 (これは相当飲んでるな…) 心の中でシンゲンは一つ苦笑いを零す。 本当に何もかも億劫になるのだ。この人は。だから、この口付けも軽く許してしまう。 いつもなら、こうはいかない。 けれど、しっている自分もまた悪くて、許されるのを知っていてその口付けをもっと深くした。 じんわりと口に苦いアルコールの味が広がっていく。 余り酒が強くないシンゲンには、きっと普通に飲んでしまったら咽てしまうだろう。彼のなかに 残るものだけでも、少し舌が痺れてくる。 「……」 いや、酒だけが痺れさせていないことは分かっている。 彼との行為は気持ちがいい。普段求めているから、こうして触れられたときもっと幸福な気持ち になる。 正直な自分は少し許してもらったらもっと触れ合いたくなって、シンゲンが彼の体に手を伸ばす。 ―――けれど、セイロンはその行為を止めてきた。 しっとりと合わさった唇が、ゆっくりと離れていく。 未練がましい顔をしているだろう自分とは裏腹に、楽しそうに笑うセイロンが少し憎い。 「…そう怪訝そうな顔をするでない」 喉の奥でくく、と笑いながらでも手は確実にシンゲンを強く押し返していた。 「そりゃ無茶ってなもんです」 やはり顔に出ていたらしい。 そうなると誤魔化したり、ちゃらけてみても遅いのも分かっていたので、そのまま本音を言った。 素直に言ってみると、またセイロンは声をあげて笑ったが、しばらくして指で自分の下辺りを指 差してみせる。 「店主殿がいるのを忘れたか」 「…そういえば」 ふと、指をおって口付けに夢中になって忘れてしまっていた少年を思い出す。 悪い大人がしていた行為など、全然知らないだろう無邪気な寝顔だった。 けれど腑に落ちない点も多い。 彼の頬は明らかに蒸気していたし、何よりこんなところで寝ているのがおかしい。今彼は、ライ ロンの膝の上で…いわゆる膝枕の状態で眠りこけているのだ。 「飲ませましたね」 となると結論は一つ。 そう咎めると、セイロンは隠す様子もなく頷いた。 いっそ、それがどうしたのかという顔だ。 やっぱりだ。あのライが寝てしまうのはまだしも、セイロンの膝枕という状態に納得してねこけ ることは想像できない。 恋人同士ならいい。けれど、違うと知っているからおかしいと思っていた。 「――― 貴方はホントに…」 弱いが飲めないこともない自分でも、辛いと思う酒だ。ライに飲ませていい酒ではない。 この世界には一応、未成年という言葉があるのだ。 寝こけている御店主様はひどく真面目である。きっと酒などあまり飲んだことはないだろう。な ら、自分よりも酒に免疫はない。 料理酒といった類なら飲んだことはあるかもしれないが、それでも舐める程度のことであろう。 そんな彼に、こんなもの飲ませてしまってはてきめんだ。 どんなことになるかぐらい分かっていたであろう。 「…ったく。酔い潰して襲おうとでも思いましたか」 「ああ」 だが。 呆れて冗談でいった台詞に、セイロンが相槌をうってきた。 「……はい?」 「襲おうと思ったのだよ」 思わず聞き返してしまった言葉に、セイロンはまた同じことをいった。 顔には相変わらず、薄い笑顔がはりついている。 確かに自分がいった言葉なのだが、彼の口から言われるとひどく違和感があった。 襲う。襲うとはどうゆうことか。 いや、そのままの意味にしかならないだろう。だがしかし。 「何を呆けておる。お主が言ったのだぞ」 おかしそうにセイロンは笑うが、シンゲンに笑う余裕はない。 けれどセイロンは淡々と言葉にして、また愛しそう膝に抱く少年の髪を梳く。 何度も、何度も、梳く。 その指は、とても優しい。そうしてまた、見つめる瞳も優しかった。 「悪い大人だからなあ。ちと悪戯してやろうと思ったのだ」 言葉はひどく軽く響いた。 けれど、シンゲンは彼が少年をどう思っているのか知っている。 きっと本人よりも深く知っているつもりだ。 (この人は……) だから言葉の裏側が決して軽くないことを一瞬で理解した。 それはある意味悲しいことではあるのだが、できれば褒めてやって欲しい。 セイロンが語っていることは行為としては、褒められたことではない。むしろしてはいけない反 則技だ。 けれど、きっと。自分だから分かる。 「だがなあ、こやつ。他のもののことばかり言うのだよ」 きっと、しないだろうから。そう理解しているから、シンゲンは何も言わない。 いや何も言えなかった。 今ぽろりと語った言葉はセイロン自身わかっていたことだと知るからだ。 こうなると――― 彼は分かっていたのだろう。 「そりゃ旦那…襲えないねえ」 その様子はシンゲンでも想像することができた。 きっと口悪く言っていたのだろう。一人の、その者のことを罵って罵って酒を煽り…酔い潰れて いったに違いない。 そうして仕掛けたセイロンも、また少年が喋りやすいように相槌をうち、頷きながら静かに見つ めていたに違いなかった。 「そうであろう? …だから、自棄酒しておったのだ」 何も知らない少年が、むにゃりと何か口にする。 言葉は分からない。けれど、きっと誰にいっているのは二人とも分かる。 「――― 飲みますか」 「お主がか?」 どん、と座り直して言うと、セイロンが少し驚いた顔を見せた。 分かっている。そんなに酒が強いわけではない。 けれど、今は付き合ってやりたいと思う。 「ええ。私が潰れるまでお相手しますよ」 そうして、自分も酒が飲みたい気分だった。 口付けまで交わしているのに、その相手は自分ではないものにひどく優しい顔を向ける。 はっきりいってひどい。 なのにそれを見てより愛しいと思ってしまったのだ。 これもはっきりいって悲しい。 先ほどセイロンは自身を悪い大人だといったが、それは自分もである。 セイロンの心内を知っていて、その空いた隙間を付狙っているだけだ。 (―――…不毛だな) 考えれば考えるほど不毛だと思う。 これはもうきっと酒を飲むしかない。飲もう。飲まてくれ。 「…後悔するなよ?」 笑うこの人も、また綺麗で。 「大丈夫です。飲みたい気分ですから」 綺麗だと見惚れた自分の病気の重さを実感しながら、ひどく素直にそう言えた。


お酒では、セイロンは強いけれど酔ったふりします。 シンゲンは弱い設定です。 ライはからっきしで、絡んで寝てしまうタイプです。 聞かれていませんが、ケンタロウはザルですがまた酔ったふりします。 理由はせっかく飲んでいるのに楽しくないからです。 セイロンと二人になったときは、お互い酔ったふりをやめます。 意味ないからです。笑 大人組三人での酒飲む小説書きたいですね。
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