あれから、くそ親父は平気な顔をして帰ってきた。









悔しいぐらいに記憶と一緒のあの顔で、笑顔で店にひょっこりと帰ってきたのだ。
そうして、言った。

『ただいま』と。

――― ただ、それだけを言った。
その顔は、ひどく嬉しそうな顔で。そうして少しも顔を逸らさなかった。
いつも急で、自分勝手で、馬鹿で、どうしようもなくて、なのに…なのに、なぜこんなにも自分
の顔をじっと見ることができるのだろう。ライにはできない。
だっておかしい。
ずっとほっておいたのに。
便り一つ寄越さなかったのに。
けれど、つい、ぽろりと言ってしまった。

「おかえり」

と、そう。言ってしまった。
一言目は絶対に罵ってやろうと思っていたのにも関わらず。
気付いたときには、もう駄目親父の顔は満足気に微笑んでいて、もう一度ただいまと繰り返した。
今からでも怒ってやろうと思っていたのに、その顔が少しだけ、ほんの少しだけ頼りない顔にな
っていたから。だから、罵ることも怒ることもやめてやった自分は、大人だと思う。
仕方ないから、ライも同じことをしてやった。


彼と同じように、少しだけ瞳を細めて。
彼と同じように、少しだけ笑う。


「何泣いてんだよ」
「……うるせぇッ」


彼と同じようにしただけなのに、ライの瞳からはぽつりぽつりと涙が零れていた。
それだけは彼と違っていて、案の定すぐにケンタロウは茶々を入れてくる。こんなつもりじゃな
かったのに。
泣くなんてことは、一番したくなったことだったのに。

「―――ほら、泣くな」

そうだったのに、こうなってみると泣くのが一番自然に思えてくるから不思議でしょうがない。
泣くなと言われて、こうして自分が泣くのが自然なのだ。
(なら…いいよな)
自然なのだったら、いい。
おかしいことではないのならいい。だったら泣いてしまおう。
そうライは自分の中で言い訳をして、泣き続けた。

言い訳だと分かっている。
けれど、長年思ってきたものがそう簡単に崩れてしまっては許せなかった。ライ自身が自分に納
得できなくなる。
たった、一目みただけで。この親父の顔一つで変わってしまったことに、我慢できなくなる。

「この馬鹿親父……ッ」
「そうそう。馬鹿親父ですよ」

そのときのライには、この言葉が精一杯だった。
精一杯の悪態も、重ねられるケンタロウの言葉にかき消され、また残りは涙になってしまったけ
れど。けれど、ライはずっとうわ言のように繰り返した。
そのうち力が入らなくなって、彼の腕に甘えることになってもライはまた自分に言い訳をして縋
り付いて泣いた。
泣き止もうと思った。
こんなのこの年になって恥ずかしい。
けれど、ケンシロウがただ黙ってライの言葉を聴き、笑って髪を透いてくれるたびまた涙が出て
止まらなかった。

「帰ってきたんだよなぁ」

しみじみと頭の上で声がした。
ライも幾分か成長して背が伸びたのにかかわらず、相変わらず態度も身長もでかい。




「――― オレ様がいない間よく頑張ったな、ライ」




そうしてオレ様な親父がこんなことを言う。
泣き止ませる気などないかもしれない。

(なら、コイツが困るぐらい泣いてやる…ッ)

そう決めて、ライはそれこそ泣きつかれて寝てしまうまで彼の傍で泣いたのだった。














月の晩あなたへ


ライが可愛い子になってしまいますね。 親父さんがオレ様なので、もうなんか、駄目です。 ケンタロウが好きです。私がです。 今後、テイラーも含めて書いていきたいです。
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