ガタリと音がした。



音を聞いても、部屋にはテイラーしかいない。
夜もふけ、屋敷も静まりかえっている。
だがもう一度ガタリと、そうしてコンコンというガラスを叩く音が聞こえてきた。それでも書類
に目を通していると、今度はより強い…コンコンというよりはゴンゴンという音のほうが近い音
で、ガラスが叩かれる。

「……」

それでやっとテイラーは立ち上がった。
椅子をひいて、振り向いて、そうして一つ相手にも分かるようにため息をついてやった。

『よぅ!』

きっとそんなふうに言ったのだろう。
窓ガラスの向こうで、テイラーが知る中でもっとも態度のデカイ男が満面の笑顔を見せた。




















ビター

「此所は三階だぞ?玄関というものを知らないのかお前は」 いっても、ケンタロウはただ笑うだけだった。いつもそうである。 この男が玄関から来るほうが少ない。いつだってバルコニーから神出鬼没に現れる。 「まーまー。良い酒持ってきたからよ」 飲もうぜ、と男は手にした琥珀色のボトルを掲げて見せた。 テイラーの好きな銘柄のウィスキー。そうして年数も最良のものができたときのものだ。 「…まったく」 彼がそうゆう時は本当にそうなのだ。悔しいが、いつも本当にうまい酒を持ってくる。 それも食わせ物で、酒が好きだというわけではないのだが、つい部屋にあがるのを許してしまう。 「……好きにしろ」 「りょーかい、っと」 酒につられて――― と。 顔はやれやれと、そんな顔ばかり作っているのに。 多分本心は違うのだと、自分が一番自覚していた。ただ、便利なのだ。 一つの道具として、彼を受け入れる鍵にするには。 「氷は?」 「そんなものあるわけなかろう」 部屋は書斎だ。氷が置いてあるわけがない。 「まーいっか。水差しあるし。氷あっても話してるうちに薄まるしな」 ぶつぶつ言って、男は水差しと一緒に盆に置いてあるグラスを、手に取り酒を注ぐ。 そうして、テイラーの分も何も聞かずに注いで割っていった。 勝手知ったるなんとやら、だ。もう彼は自分の好みの分量も覚えている。 「っと、わるい。ちょっと零しちまった」 ただ、少しがさつなのが店や自分で注ぐ酒と違うだけ。口を付ければ一緒だ。 「…お前は本当に学習しないな」 苦笑を顔に貼りつかせたまま、テイラーは彼の正面のソファへ腰を下ろした。目を通していた書 類は、ケンタロウが酒の準備をしている間にしまっている。 (薄まる、か…) さらりと、長く此所にいることを注げてくる男。 座りながら、先ほど男が独り言のようにいった言葉を繰り返した。ちびちびと酒を飲み、何を喋 るでもなく飲み交わす。今日もそうだと知り、それは心を喜ばせていた。 (…知っているのだろうか) 乾杯だとグラスを掲げる男のものに、自分のグラスを軽くカチリと合わせてぼんやりと、本当に 問うわけでもなく自問自答を繰り返す。 このおかしさの。 その答えを、知っているのだろうか。 書斎であるのに、向い合わせのソファとテーブル。 二つあるグラス、零した水滴をふくハンカチ。 部屋にいる時はいつも薄くあけてあるカーテン。 ――― 答えを知っているのだろうか。 ただ、自問自答だ。 決して聞くことのない言葉。 けれど、本当は聞くことができないだけだ。 「…っ」 ただ。アルコールの苦さだけが、 「どうした?」 「……いや、なんでもない」 答えを知っている気がした。
テイラーまで乙女のおっさんにしてしまいました。すいません。 親父相手だとつい誰でもこうなってしまいます…。 というわけで、うちのテイラーさんは親父にツンデレキャラしてます。
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